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高瀬友規奈オフィシャルブログ

友規奈主義

青、それは明日の色
3月27日。
脚本・演出をさせてもらった舞台「青、それは明日の色」が終演致しました。
塩田プロデューサーをはじめ全スタッフの方々、キャストのみんな、そして何よりも劇場に足を運んでくださったお客様、応援してくださった方々、本当にありがとうございました。



何から書こう、、、と書き出したら止まらなそうですが、この作品について触れてこなかった事も多いので、この機会に書いていこうと思うよ。



まずこの企画は、2年前にわたしが脚本・演出した舞台「僕はそれを、青と呼ぼう。」(以下「僕それ」)まで遡ります。

今から1年前くらいかな。
今回のプロデューサー塩田くんに、「僕それ」の続編を作る権利が欲しいと話をされました。そんな申し出を受けるのは初めてで、すぐに答えは出せず、わたし以外の別の人が脚本及び演出をして「僕それ」の世界を作るのかー。としばらく考えさせてもらった覚えがあります。
というのも「僕それ」は過去最高に頭を使って本を書いて過去最高に頭を使って演出した作品で。(稚拙なのは百も承知で)
思い入れもあるわけで。(そんなの全作品に対してだけど)


でも「僕それ」の世界をまた新たな視点で描いてくれるなんて面白そう!と悩んだくせに案外あっさり快諾。(わたしの思考回路なんて所詮こんなもん)

で、是非どうぞ、なんて話を塩田Pにしていたところ、「というか、友規奈さんに書いてもらえたら一番いいのだけど・・・」とまさかの方向転換。
昨年一年間はわたし演出はお休みすると言っていたのですが、公演も2016年ということで、じゃあ脚本書くならもちろん演出もやる!と話が進んでいくわけです。(割と展開早め)


そしてこれは劇場でお配りしていた当日パンフレットのご挨拶にも書きましたが、当初は「僕それ」の続編かスピンオフ作品を書く予定でした。

精神病棟を題材に書いた「僕それ」は、重度の精神病患者である主人公目線のお話だったのですが、その時登場した研修医側の目線で描けないか、とか、その後の彼らがどうなったのか(まぁ主人公はロボトミー手術されちゃってるんだけど)を描けないか、とか、最初の頃の打ち合わせではそんな話でした。

でも、なんか、もっと面白くしたいなぁと思って。

閉鎖された施設、偏った価値観、正常の意味、正義の是非、といった「僕それ」の世界観はそのままに、舞台をガラリと変えることにしました。

というわけで今回の「青、それは明日の色」(以下「青色」)は、生体移植や臓器提供が行われる施設のお話に。そして今回もまた「青」がキーワードでした。(「僕それ」では、患者の症状の度合いを赤、青、黄色のリストバンドで色分けしていて、主人公だけ青のリストバンドだったの。その青の意味が最後に分かるんだけど)

そして今回「青色」の“青”は、臓器及び四肢の提供後にもらえる特別な価値のある石。お金じゃ買えない命の価値を示すものでした。



そんなこんなで稽古開始の一ヶ月前くらいかな?に、第一稿をあげて塩田Pに読んでもらい、的確な指摘や客観的意見をもらい、(役名が意味分からない、とかね!当初はもっと難解な役名をみんなに付けてたんだよ。あと、片足無いとかどうやるん?とか言われながら。笑)稽古開始までに最終的な脚本が仕上がりました。



そして稽古開始。顔合わせ。
わたしの中で今までと違う緊張感がありました。
というのも今回半分以上が初めましてのキャストさんで。と同時に、今まで比較的その人本人をイメージして書いていた脚本もキャラクターも配役も、その初めましてのまま初本読みで。

でも男女共に(そう、今回も全く同じ脚本・演出で男の子バージョンと女の子バージョンのダブルキャスト)、もうピッタリ。本読みで確信したよね、みんなイメージ通りだって。


そして翌日から本番までの約3週間の稽古はもうノンストップ。
普段は最低一ヶ月は稽古期間を取るので、3週間となるととにかく毎日濃厚でほとんど休み無し。(一週間少ないと全然違うからね)
みんなも男女ダブルキャストだから稽古時間は通常の半分のはずなのに、短い時間にとにかく集中して目一杯稽古していたので驚きの充実具合。素晴らしい。

だから稽古期間は瞬く間に過ぎて行った記憶だなー。(唯一記憶にあるのは常に笑い転げてたこと。話の内容に反して楽し過ぎた稽古場であった)


でも今回特に思ったのは全キャストがとにかく貪欲だったこと。
一人一人が自分の役を理解しようと、セリフの真意を理解しようと、見えない、描かれていないところまで理解しようと、たくさんたくさん質問してくれて、話し合ってくれて、意見を出し合ってくれたと思う。(そうでもしないととても演じられない役ばかりってのもあるけど)
だからわたしも、一人で書いていた時には気付けなかったキャラクターの気持ちや話の展開に改めて気付けて(自分で書いておいてアレだけど、最初は自分でも意味分かってないことがあるのよ。)、文字が立体になるって面白いなぁって改めて思ったよ。


そして何より、わたしの過去作品にも出てもらっていて絶大な信頼をしているキャスト達がいてくれたこと。公私共に仲の良い大好きな子達がいてくれたこと。今回本当に大きかった。
みんなをグイグイ引っ張ってくれて、わたしの力不足なところまで補ってくれて、わたしの言葉足らずなところもちゃんと真意を汲み取ってくれて。もうどれだけ安心できたことか。
また一緒にできて良かった。やっぱりまた一緒にやりたいと思ってしまう大事な人達です。




そんなこんなで迎えた本番。(長々と書き過ぎてやっと本番エピソードに突入)

たぶんみんなが不安だったと思う。
果たしてこの話は受け入れてもらえるのか、理解してもらえるのか、伝わるのかって。(わたしも正直、これが万人受けしないことは百も承知だったので)


でも初日が開け、もうお客様の反応が嬉しくて。
伝わるんだなーって、決して面白いとか楽しいとか言えないこの作品がこんなにも受け入れてもらえるんだなーって。(あとみんな意外にバッドエンドとか報われないラストとか好きなんだなーって。)

お陰様で全公演満席で、何度も足を運んでくださる方もたくさんいて、反対チームも見てみたいって予約して帰ってくださる方もたくさんいて。(これが男女ダブルの醍醐味よね)
怖かった、とか、衝撃なラストだった、とか、放心状態です、とか。もう作者としてはこの上ない感想をたくさんもらって幸せでした。
それもこれも、最後の最後まで良くしようと足掻き続けてくれたキャストのみんな、スタッフの方々のおかげなんだけどね。演出家なんて初日が開けてしまえば客席で見守るだけですからね。



本当はキャストみんな一人一人のことを書きたいくらい。
それくらい今回は女の子9人、男の子9人、みんながこの作品を愛してくれて、役を愛してくれて、全力で生きてくれて。

内臓がどんどん無くなってお腹は手術の痕だらけになっていって、片足が無くなって一本足で歩くことになって、指も腕も次々に無くなっていって、角膜が無くなって目が見えなくなって。
それでもこれは正しい事だと思い込んで最後まで明るい子、真実に気付きそうな子、気付いてしまった子、その上で受け入れた子、抗おうとする子。そして大切な人の臓器や四肢を奪っているのは自分だと知ってしまった子。

どの役も重要で、しんどくて、悲しくて、抱えているものがたくさんあって。

ダブルキャストだから一日に1公演しかないんだけど、その1公演にみんな全力投球で。(とてもじゃないけど、昼公演に反対チーム観劇してから自分の夜公演をやるのは精神的に保たないと口を揃えるキャスト)

やって良かったなーって。この話好きってみんな言ってくれて嬉しかったなーって。素直に思います。



総じて言えるのは、やっぱりやって良かったってこと。(何回言うの)
話をくれた塩田P、ほんと、ありがとう。

もちろんまだまだ未熟なところも力不足なところも成長しなきゃいけないところも山積み。
だけど、今できるすべてがこれでした。
だからこれをたくさんの人に観てもらえたこと、やっぱりわたしは幸せ者です。



さて、次の脚本・演出作品は6月。
次の作品も楽しみにしていますって言葉もたくさんもらったんだ。

もう少し「青色」の余韻に浸っていたい気もするけれど、この記事をもってそれは終わり。
さっそく脚本スタートにあたり資料集めに翻弄しています。
 

今度はどんな世界が生まれるのかな。(書いてる時って半分無意識だから自分でも予想がつかない)
またたくさんの人達に観てもらえますように。




それでは改めまして、

PAPADOGプロデュース公演
姫君vol.6「青、それは明日の色」

関わってくださったすべての方々へ。
ありがとうございました。


| - | 18:36 | - | - |
deserve it

見えている世界は簡単に色を変えるし簡単に広がったり縮まったりもする。
新しい色には感動も覚えるし恐怖も覚える、広がった世界には安堵もするし縮まった世界に居心地の良さを感じたりもする。
結局は何も変わっていないんじゃないかと思うけれど、見える世界は想像を遥かに越えた色で刻一刻と容赦なく彩りを変えてくるようです。




もう1月の出来事がなんなら昨年の出来事かのように遠く感じますが、まだ一週間前は1月だったのかなんてぼんやりと思う。

年末の記事にも書いたように、お正月明け早々は新春公演の舞台に立たせていただいていました。
久々の舞台に出る側、だったわけですが、良くも悪くも抜けない癖のようなものだったり、弱点だったり強みだったり、立ち振る舞いだったり。毎日気付かされることがたくさんあって、改めて自覚することがあって、興味深く過ごせた時間でした。
何よりも等身大でいられたと思う。無理も背伸びもせず、自分のペースでいられて良かった。


今年の目標がこれだったりすることもあり。
シンプルに等身大で生きること。
本当に大切な事、大切な人、自分の人生に必要な事。
そういうのをきちんと見極めてきちんと地に足を着けて生きていきたい、と。(※すぐに地面からふわふわと浮かび上がってしまう癖)

少しずつ少しずつ変えていけたらと思う。人はそう簡単には変われないことは百も承知で。




そして舞台が終わり、残りの1月にわたしに残されたものは脚本の締め切り。
というわけで3月の脚本第一稿を1月末までにあげなくてはいけなかった為、毎日PCと仲良く過ごしておりました。いつもなら脚本を書いてる最中には気分転換も兼ねてブログに記事を書きたくなるのですが、今回はならず。(で、今に至る)

またきっと稽古が始まったり本番を迎えたりする際に今回の作品については触れると思うけれど、今までで一番つらい作品になりそうです。
もちろん毎回成長が必要で挑戦が必要で、過去の作品を越えることが必要。色んな意味で。
それが今回は、精神面での勝負になるのかぁと思う。まぁ始まってみないとなんとも言えないのですが。(さ、脚本ブラッシュアップしよっと)

というわけで、こちらはまた追々。





欲しい言葉を欲しいタイミングでもらえた時には素直にそれを享受できる。また、そのタイミングでその言葉をくれた人の言葉は、他の言葉も自然と受け入れてしまうもの。
取捨選択も大事だけれど、ひどく激しい取捨選択の元に成り立つわたしはここが勝負どころ。





待ちに待った2016年が始まって一ヶ月と少し。
日々訪れる小さな煩いの類いをかまってる暇はないのです。(と自分に言い聞かす)

| - | 18:42 | - | - |
2015年大晦日
大晦日。2015年も終わりますね。


年明けに出演させていただく新春公演【萬屋錦之助一座「新白波伝説紀」】のお稽古が昨日年内の稽古納めとなり、気付けば31日。



2015年を今日一日で振り返るなんて到底無理!なんて思ってしまいますが、毎年なんだかんだとこうして振り返る記事を記しているので、また今年もなんだかんだと書いていこうと思います。(と同時に毎年一年前の大晦日の記事を読み返すのもまた恒例)



今年は正直、もうお腹いっぱいどころかもはやはち切れているのではないかと思うくらい盛りだくさんな一年だったので2日間くらいに分けてぜひ振り返りたいところですが、なんせ2015年終わっちゃう。
というわけで、もちろん毎年色々な事が起こったり想像もつかない出来事が起こったり、が人生というものですが、否、今年はもう9月くらいの時点でもう2015年満足したわ・・・ってくらいには怒濤でした。

確か7月の誕生日あたりの記事でも書いたように、少しばかり大袈裟に言うのであれば今年は間違いなくターニングポイントとなる一年で。ジェットコースターのような年。良くも悪くもサプライズの絶えない、予想外のことばかりが起こる一年でした。(おかげでお腹いっぱいなのですね。でもおかげでわたしの鋼のメンタルはまた一段と強くなったのですけどね)


特に上半期。
7月に誕生日を迎えるまでの27歳後半戦。
嫌でも自分の思考とそれに伴う行動とに向き合わなくてはいけない時間がありました。’大切’の定義が自分で分からなくなりました。
でもそれでも月日というのは容赦なく経って、でもそのお陰でまた見える景色も変わっていって、あぁわたしの人生はこういう展開を迎える運命だったのか、なんて妙に納得したのも事実。
すべてがしっくりと納まるべきところに納まった感すらありました。(と思えるようになったのはここ最近だけれども)


今後の人生の中でも重要な位置を占めるであろう2015年上半期。
わたしの人生において必要不可欠で、尚かつ、今となってはこの時期がなかったらどうなっていたのだろうと不安になるくらい、大事な大事な時間でした。
たくさん泣いたけど、でも、感謝のが大きい。ありがとう。



そしてそれを経て視野も未来も広がった2015年下半期。
お陰で得たものは多かった。例えて言うのであれば、迷路を抜けた感覚とでも言おうか。
でもそれもこれもやっぱり上半期があったからで(上半期上半期うるさい。でもほんとに重要なんだよ許して)、やっぱりわたしはわたしの人生が好きだ、と素直に思えました。


答えというのはいつか必ず出るもので、時には恐怖にも似た勇気が必要で、積み上げたものは決して裏切らない。
もう本当に大袈裟だけれども、今年は生きてて良かった。必要のない一年なんてきっとないけれど、今年はきっと一生忘れられない一年です。


それからまた今年もたくさん行くことができた、大好きな海外。
今年は例年にも増して攻めたなぁと我ながら思う。(詳しくは旅日記に書いてあるので割愛しますが)

まずはアメリカ横断、からの、西海岸ロードトリップ。(そしてメキシコ入国)
ずっと夢だったロードトリップ。脳裏に焼き付いているたくさんの素敵な景色と、絶対にまた行きたいと思える土地。旅の醍醐味を何度も感じた2週間でした。

そして帰国から2ヶ月後に再びアメリカ、今度はギラギラのラスベガスへ。
ここでもまたトラブルに巻き込まれもしましたが、すべては良い経験。
この旅でまたひとつ大きな決断をしました。

最後は初めての誕生日トリップ。
誕生日前日に日本を発ち、日付変更線を遡り、ドバイとロンドンの2カ国で合計32時間の誕生日を過ごすという稀有な経験。本当に素敵な28歳スタートとなり、色々な意味を込めて心機一転して帰国しました。




さて、そしてそろそろ来年の話でも。

1月、約2年ぶりに舞台に立たせていただきます。
12月は稽古の日々で、ずっと舞台に出るのはお休みさせていただいていたので、なんだか新鮮な毎日で。
皆様の前に立つこと、とてもとても楽しみです。1月7日から中目黒キンケロシアターでお待ちしています。

そして今年1年間はお休みすると決めていた脚本、演出。
来年はありがたいことに、3月、6月と舞台の作・演出をさせていただきます。(故に現在、プロット、台本に追われているのは秘密)
これもまた、楽しみ。

それから来年は公開する予定の映画が2本と、いくつかCMも始まります。
またお知らせしますね。



来年は個人的に、早く2016年になれーってずいぶんと前から喚いていたくらい楽しみな年。(いや楽しみじゃない年なんてないんだけれども)
またきっと来年も、予想もつかない新しい経験とか試練とか出会いが待っているのだと思うと少しばかり恐いけれど、でも、一年後の大晦日にわたしが何を思っているのか、どんな状況にいるのか、知りたい気持ちのが今は大きいです。(またとんでもなく気が早い)




そして総じて思うことは、わたしのまわりにいてくれる人々の温かさと素晴らしさ。
このような一年だったからこそ、理解のある、そして親身になってくれるまわりの人たちにどれだけ助けられたかは計り知れません。
あなたらしいね、と、わたしの突拍子もない話にも耳を傾けてくれる人たち。
わたしをわたしらしくいさせ続けてくれる人たち。
今わたしのまわりにいてくれる人たちがわたしは心底大好きです。
恩返し、なんておこがましいけれど、そんなまわりの人たちを悲しませないように生きて行きたいとただただ思うのです。



今年は人生がぐるりと変わった一年だったけれど、きっと来年もそう。

年々人生の面白さが増しているなぁと例年より強く思う2015年大晦日。
だから節目というのはとても好き。





今年も皆様、どうもありがとうございました。
素敵な新年を迎えられますこと、心よりお祈りしています。

来年もどうぞよろしくお願い致します。
| - | 22:56 | - | - |
An impossible choice

「また人格が変わったね」
10年前からわたしを知っている友人に最近言われた。また、「変わったというか戻った」とも。
一貫して自分は自分と自覚していたつもりだったわたしにとって正に青天の霹靂、とでも言おうか。
あぁ人って案外柔軟なんだなと思った瞬間である。
まぁどの自分もきっとその時の最善の人格だったのだと思うより他ないのだけれど。

そう言われてみると確かに思い出せない自分も多い。(前回書いた、過去の発言の話ではないけれど)
その当時のわたしがどんなであったかを説明されて、あぁ確かに、となる。
言われれば思い出すし、根本の根本はもちろん変わらないので、たぶんこの変化は身近にいる人のみ感じることなのだと思うけれど。誰にでも、ここではこういう自分、って無意識的に存在している自分がいて、でもそれらが適用されない距離にいる人達にのみ分かる変化なのだろうけれど。
単純に、そんな身近にいてくれる人達の存在が愛おしかったりするのです。



余計なものを削ぎ落していたら何も残らなかった、といった話を友人がしていて、でもわたしからしたら彼女はたくさんのものを持っていて(物理的な意味ではなく)、それがいわゆる気持ち、とか、感情、といった精神的なものだと気付いた時、ある程度の余剰とか不毛も必要なのだなぁと至極当たり前のことを改めて思ったり。
過去の経験から不毛だと割り出した事を繰り返すほど愚かではないけれど、きっとこれは不毛だから、と先の事を切り捨てるのはやめようという結論に至った。


最近つくづく思うのは、わたしは物事を分析して解説してくれる人が好きだ、ということ。
それは決して正しいかどうかが問題ではなくて、ね。

| - | 19:14 | - | - |
Nothing happened.

またもや人生というのは思わぬ方向に転がって行って、でもそれはそう転がるようにしか始めからできていなかったように後々思うんだから、過去の存在とは実は不確かなのではないかと思う。過去に自分が考えていたであろう絶対の未来はこうしていとも簡単に覆されるんだから。
なので過去のわたしに、それ、そう思い込んでいるの今だけだよってぜひとも言ってあげたいものです。

そんなような事をぼんやりと考えていたら、でも、自分が過去に発言したことや思考したことを実は半分も覚えていない事に気が付いた。いや、覚えていないことは覚えていないので、実はもっと忘れているのだろうけど。

人の発言は自分に都合の良いところだけ無意識にピックアップして、さもそれしか言われていないような気になって記憶していますが、では果たして自分の発言は、と考えた時に、やっぱりこうやって言っていたから現実になったんだ、とか、言霊は本当に存在するんだ、とか、でもその記憶にある発言って未来がそういう方向に行ったからたまたま記憶の底から拾い上げられた、というか、無数に発言された未来への言葉の中から一致したものだけ、まるでそれが全てかのように、ほら!やっぱり!言っていた通り!ってな感じで再構築されて今思い出されるのかなぁなんて。
なんて悲観しているわけでもひねくれているわけでもなく、ただ単に脳味噌の構造がそうであったとしても、やっぱりそうやって都合良く考えられた結果、言霊ってきっと存在するし、過去にそれを少なからず(どこまで本気か分からないけれど)発言してくれていた自分ありがとうって思う。




と、ここまで書いた文章をPCのデスクトップに貼っていたのを発見したのですがまたもやなんの話かさっぱり分からない。
きっときっかけなんて些細なこと。それをさも一大事のように捉えるのがわたしの脳味噌の癖ですからね。




寒くなるのも嫌いな冬が到来するのも、なんだかいつの間にか恐くなくなったなぁと思う。
抗えない現実を受け入れることを覚えたのか、その時なりの楽しい思い出が増えたのか、なんにせよ苦手なことを克服できた時、重ねた年数に感謝をするのです。



だから、早く来年にならないかぁって、
最近考えるのはそればっかなのです。
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