SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
PROFILE
LINKS

04
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--
高瀬友規奈オフィシャルブログ

友規奈主義

END OF 2016
何かを特別な存在にするきっかけはなんでも良いのだとつくづく思う。理由は後付けでも人に言うには陳腐すぎる理由でも。
それでも直感的に特別だと思うことも、なんら特別視するつもりはなかったのにそういえば的なことも、どちらも気付けば大切なひとつになっているのだから面白い。その逆も然り。
それでも毎日というのは好きな事や人を増やすためにあるのではないかと思う。まぁ増える増える。(か、そうではない部分がいつの間にか抜け落ちるからそう思うのか)

今年も、というかアメリカに来てからも本当に好きなものが増えた。大事なことも人も。
そして改めてやっぱり大事だと感じる事も人も。


といわけで、たとえ毎日を記録していたとしても追いつかないであろう2016年もまもなく終わり。
自分の中での記録や整理の意味も込めてせめても月に一度はここに記事を書こうと思っていましたが、時間の経つ早さを言い訳にしたいわけではなくただただ一日24時間を目一杯生き抜いた結果、気付けば年末でした。なんて幸せ。


しかしながら今はあまり年が変わるという意識がなく、というのも、7月末に渡米してからがわたしの新たな一年のような感覚が強いため、2016年の終わりをあまり気にしていないのも正直なところ。
まだまだ色々な事が発展途上なのでこのまま全力で2017年に突入したいと思う次第です。(と、言いつつここでやっぱり一年前の大晦日の記事を見返して感慨深くなる)


それにしても渡米する以前の、今年の上半期というのが遥か昔の記憶のような気がして今とても驚いています。
地続きな気がしない一年。変な一年。

でも少しだけ振り返らせてね。



まずは1月は、約2年ぶりに舞台に出演する側ということでお正月明け1月7日から
【萬屋錦之助一座 新春公演「新白波伝説記」】にて、織田信長の正室である濃姫、帰蝶様を。
凛として信長様を支える彼女が大好きでした。時折見せる儚い面も含め。
長く結われた髪も、蝶々模様の綺麗なお着物も、引きずって歩く長い打掛もすべて良き思い出。


とまぁ新年早々突っ走っていたわけですが、この本番後の1月中旬から6月末まで更に加速した気が。

というのも、今年は3月、6月と脚本・演出舞台がありました。
3月の「青、それは明日の色」、そして6月の「Let’s Play a GAME」。
わたしが作る7本目、8本目の作品でした。

その時の想いはその時に綴っていたものが一番なので、個人的に読み返したい意味も込めてこちらに記事を貼ります。
【青、それは明日の色】
【Let’s Play a GAME】


そしてこの6月末までに同時進行していたことが、新しい撮影や映画の劇場公開及び舞台挨拶、そして渡米に向けての準備でした。この渡米準備が大変かと思いきや記憶にあまりないから面白い。絶対にすべて成し遂げると決めた時の原動力とか熱量たるや。


それから6月末の千秋楽を終えてからの7月20日の渡米までは、最後に日本でやりたいこと、会いたい人に会うこと、引っ越し準備(東京からLAという規模)、など文字通り慌ただしく、LAに着いてからやっと落ち着いて自分の時間が取れるという不思議なパラドックスが起きていました。
ある意味わたしの第二の人生の幕開けでした。


こちらに来てからの8、9、10、11、そして12月は、そうだなぁ。
言葉にするのであれば、もちろんたくさんの人の助けや支えがあって今が成り立っているのは百も承知で、自分で自分の人生を生きることを覚えました。意識的に言い訳をしない道を進むようになりました。
そして面白いことに、悔しい思いは多少しても辛い思いや悲しい思いは一度もなく、更に言えばこちらに来てから一度も泣いてない気がします。
たくさん泣いた2015年を経て、強くなった2016年とでも言おうか。でもやっぱりそれは能動的に生きたおかげ。


選択をして、決断をして、行動をして、良かったなぁと思う事ばかりです。
それをすべてその時の“今”にして良かったなぁと思う事ばかりです。


こちらに来てからの5ヶ月と少し、無駄な時間は一分一秒たりとも過ごしていないと自信を持って言える今、全部が必要で、全部が今必要で、全部が少し先の未来(わたしは元来遠い未来のことは考えられないので)に繋がっていて、やっぱり今年もわたしの人生は面白かったと思わざるを得ないのです。ありがとう。


というわけで、最初にも書いたように一年の終わりのような気がしない2016年12月31日。大晦日。
日本はこちらより17時間進んでいるのでもう2017年という不思議ですが。(日本から明けましておめでとうメッセージがたくさん来て気付く)


今年も、わたしの身勝手な選択を許してくれて、背中を押してくれた日本の家族、スタッフ、友達、大切な人たち、そしていつも応援してくださった方々。
そして新たな地で力を貸してくれる大切な人たち、新たに出会ったかけがえのない友達、そして間違いなく今後の人生に欠かせなくなるであろう人たち。


もう少しこのまま見守っててくれると嬉しいです。
もう少しこのまま走らせてくれると嬉しいです。


2017年も皆様にとって生きてて良かったと思える素敵な一年になりますよう、
心よりお祈りしています。


| - | 19:10 | - | - |
INSANE

LA生活が始まり3ヶ月が経ちました。


全てがスタートで全てが目新しくて全てに少しばかりの不安と戸惑いがあった1ヶ月目を終え、慣れたら慣れたで何かが足りないような気がして生き急いだ2ヶ月目を終え、やっとここ最近は比較的自分のペースで生きられている気がします。まぁ元々自分のペースで生きるの得意なんだけどさ。



しかし環境が変わったからって話す言語が変わったからって新しい出会いの中過ごしてるからって、なかなか自分の性格というのは変わらないんだなぁと思う。むしろ元来の性格の、日本ではうまく隠せていた部分が顕著に表れるようになった気さえする。第一言語の便利さと言ったらもう。

じゃあ日本で何かを我慢していたとか無駄な事があったとかではないけれど、こちらではより慎重に自分の時間を自分らしく過ごすように意識しています。自分で決めた事はどんなにしんどくても不思議と辛さはなくって、悔しい思いとか思い通りに行かない事ですらも全てが原動力になるから面白い。毎日、1ヶ月後ですら想像もつかなくって面白い。きっとまた新たな葛藤に巡り合っているんだろうなぁと。



日本が恋しいかと言えばそうでもなくて(実は一度もホームシックの類いになっていない)、先月は上旬、中旬、下旬と日本から友人達が立て続けにLAに来ていたり、時差の感覚も掴めたので日本とうまいタイミングで電話もできるようになったり、また来月は母が来てくれる予定だったりこれまた別の国で大好きな友達に会える予定だったりと恋しくなる時間も暇もないのが事実です。(まぁ帰ろうと思えばいつでも帰れるし。10時間くらいで)



というわけで、今のところ風邪もひかず体調も崩さず元気にアメリカで生きています。(先日一晩だけ謎の腹痛と吐き気に襲われたけど起きたら何事もなかったかのように治っていた)
つくづく思うのはメンタルも体も強くて良かったなぁということ。あとこちらの水とか湿度が合っているのかとにかく肌と髪の毛の調子が良い。嬉しい発見。


もう3ヶ月。まだ3ヶ月。
穏やかに、でも息つく暇なんて無くていいと思って生きています。


| - | 11:48 | - | - |
IMPULSIVE FORCE

遅ればせながら7月31日。
今年もお誕生日を迎えました。(もう約10日前の出来事という驚愕の事実)


今年の誕生日は大好きなニューヨークで。
というのも今回は7月20日、誕生日の10日前からわたしのアメリカ滞在が始まりました。(昨年は誕生日の前日にドバイ、ロンドンへと旅立った思い出)


というわけでいつも突然、唐突に海外へ行くので、今回もまた出発の一週間前に航空券を取るという荒技を繰り出し周囲を騒然とさせつつ。
実はアメリカ行きは以前から決まっていて(日本での仕事との兼ね合いでこの時期になったのだけど)、近しい人、直接会った人には伝えていたのですが、今回はロサンゼルスにしばらく住むことにしたのです。


NYには少しだけ住んだことはありますが、完全に拠点を移すのはもちろん初めて。
そしてLAには旅行で何度か行ったことがあるだけで、生活するのはもちろん初めて。


海外へ行くのは慣れているものの、初めてだらけのLA生活を始める運びとなりました。


長期で行く為、もちろんビザの関係や諸々の手続きや日本でのあれこれもあったり、本当は7月上旬から行く予定だったもののLAの家がなかなか決まらなく(そりゃ現地にいないからね)、出発が当初より遅れてしまったり。(そして結局はしばらくLAでホテル暮らしをしながら家を決めた)


初っ端から海外へ移住する大変さの洗礼を受けたように思われましたが、実はわたしが大変だったことなんてほんの少しで。
たくさんの人々に助けられ、力を貸してもらい、お世話してもらい、無事に生活スタートとなりました。


なので着いてから一週間ほどは生活を整えたり現地の友人知人と会ったりしていたのですが、今年の誕生日は絶対にNYで過ごすと決めていたので、落ち着いたところでさっそくNYへ飛び立ちました。(飛行機乗ってばっか)


しかし今回のNY滞在は本当に短かったのでやりたいことを厳選しなければと思い、まず向かった先はブロードウェイ。
tktsの電光掲示版を眺めながら悩みに悩んで観劇を決めたのは、やっぱり「Les Misérables」。
わたしが小さい頃から一番大好きな作品。日本では数え切れないほど、ブロードウェイでももちろん、ロンドンでも2回ほど観ていますが、ブロードウェイ公演はSeptember4thまでというお知らせを見てやっぱり観なきゃよね、っと。
「Les Misérables」についてはたぶん何度もこのブログに書いているので割愛しますが、もちろん終始号泣。オープニングの音楽だけで泣ける。あぁもう最高の誕生日プレゼント、なんて。


そして今NYには仲良しで妹みたいな存在の子がずっと住んでいて。
わたしが日本にいるあいだもしょっちゅうSkypeで長電話をしたりずっと連絡は取っていたのですが、やっと会えるのは約1年半ぶり。
ということで、誕生日は日付が変わった頃から丸一日。彼女と過ごしました。
積もりに積もった話を延々と続けながら、ランチしたりお茶したりバーに行ったり、NYで一番大好きなデパートでお買い物したり、二人してお気に入りのブランドを見に行ったり、最後には彼女がプレゼントを買ってくれたり。
まさに寝る間も惜しんでNYを満喫して、誕生日が終わる頃にはNYを後にしました。
飛行機で5、6時間の距離だけど、もうこれで同じ国にいるからいつでも会えるねなんて言いながらバイバイして。



それから。
新しい歳を迎えた翌日、8月1日からいよいよ本格的なLA生活がスタートしました。
気持ちを新たに切り替えるため、全部のスタートをこの日に設定していました。


新しい生活、新しい出会い、新しい世界。
色々なことを日本に置いてきて、自分で決めたこと。

たぶんわたしが今まで生きてきた中で一番タフな時間になるのは覚悟のうえで、今はただただ楽しいです。泣きたくなることも、怖い思いも少しだけしてるけれど(そうここはアメリカ)、まだまだ全然平気。
でもまだこちらに来て丸3週間しか経っていないのかと少々驚きますが、色々なことがものすごいスピードで進んでいる気がする今、しっかりと地に足を着けて、自分の頭をフル回転して、必要なもの、こと、優先順位を間違えないようにしたいと思います。
自分に厳しく、弱音は吐かず、日本で待っていてくれている人、アメリカで迎え入れてくれた人、すべての人にいつでも胸を張っていられるように。

そして、今のわたしを応援してくれている人たちに感謝を忘れずに。



あなたらしいね、って今回の渡米を決めた時にたくさんの人に言われました。
だからもう少し、わたしのわがままにお付き合いください。
| - | 13:39 | - | - |
Let’s play a GAME

千秋楽から一週間とちょっとばかり経ってしまいましたが。
6月26日、舞台「Let’s play a GAME」が無事に終演致しました。


わたし自身8本目の脚本・演出作品。
例のごとく書きたいことは山ほどありますので、また徒然と綴っていきたいと思います。




さて、挑戦や初めての事があるのは毎度のことですが、今回の一番のポイントは全キャスト女の子だったというところかな、と。


昨年の夏の終わりか、秋頃だったかな。今回のプロデューサーから「友規奈ちゃん、女の子だけの舞台を作りたい」と言われました。なので、もちろん脚本、演出も女性が良いと。

そして「もちろん友規奈ちゃんにお願いするってことは、可愛いだけの女の子舞台を作ってほしいわけじゃないから。エグいの、よろしく。」とのお言葉。(わたしの作品のイメージたるや)


与えられた条件はこれだけ。
日々たくさん上演されている女の子舞台の中で、さて、どんな線引きができるか、わたしが引き出せる女の子という生き物はどんなものか、ずっと考えていました。



昨年末にはおおまかなプロットはあげていたのですが、今年は3月末にもひとつ脚本、演出をしていた舞台があったので、こちらの脚本に取りかかったのは実は4月に入ってからで。(基本的にひとつのことにしか集中できないタイプ)
そこから5月あたまに第一稿をあげ、5月23日の顔合わせまでに決定稿をあげたわけですが、これだとまるですんなり書けたかのようですが、もちろんそんなはずはなく。


というのも、今までわたしが書いてきた題材は、薬物中毒、奇形児達の見世物小屋、精神病棟、臓器移植、といった設定からして特異なものばかり。
しかし今回は、“10人の女の子がゲームに参加する”というなんてことない設定。(考えたの自分のくせに)
したたかさ、無慈悲さ、冷酷さ、損得勘定、マウンティング、そういった女子特有の黒い部分を描こうと思ったまではいいのですが、なにせ今までが特異すぎたせいか、え?普通の女の子のこんな普通のやり取りを観てお客さんは面白いのだろうか?と書き始めはずっと不安でした。(というわけでそんなのは序盤だけ終了し、本題はそこじゃなくなるのですがね。ちなみに物語の結末を初めて聞いた時のスタッフ陣の反応は「気持ち悪い。」笑)




そんなこんなで脚本を書き上げて迎えた顔合わせ、本読み。
今回は9割がた初めましてのキャスト。女の子全17人。(わぁ女の子ばっかだねぇって在り来たりな感想しか出なかった)
そしてキャスト全員わたしより年下という。これも初めての経験。(ヘラヘラしてる場合じゃない)



いよいよ始まった稽古はみんながとても一生懸命だったと思う。

たくさんの事を吸収しようと、理解しようと、出来るようになろうと、たくさん練習してたくさん考えてたくさん食らい付いてきてくれて、素直で謙虚にいる姿勢がこんなにも成長に繋がるということを改めて証明してくれて、わたし自身も改めて気づかされました。
素直な女の子ほど可愛い生き物はいないと何度思ったことか。
一生懸命な姿勢がどれだけ人の心を動かすかを何度実感したことか。

女の子だけで作るからできる作品、だからこそ、女の子特有の細かい仕草やニュアンス、裏に隠された意味や真意の表現、芯の強さ。それが例えお客さんが気づかないレベルであってもこだわりました。そう、女の子はそういう生き物だから。気づかないレベルの水面下で膨大な駆け引きや心理戦が繰り広げられているから。いつも。

だからわたしは女の子が大好きなんです。なんて複雑な生き物かしらって。(褒めてる)




そして迎えた本番。
不思議と心配とか不安はあまりありませんでした。
絶対にみんなが輝くこと、お客さんの前で一段と輝くことが分かっていたから。
それはやっぱりみんなの強さを知っていたし信じていたからですね。

なにより、公開していたあらすじからは想像もつかないであろう展開を迎える物語と結末。
これにどんな反応をしてもらえるのか、わたし自身もお客さんに観てもらうのが本当に楽しみだったから。(決して楽しくない展開のくせに)


というわけで、どの役もどのキャラクターも、あぁこの子で良かったなっていうのが今回一番思ったこと。
可愛くてまともな役なんてわたしの脚本にはせいぜい一人くらいしか登場しないけれど、みんながしっかり体現してくれたなって。
自分のコンプレックスを心の奥底に抱えて、でもまるでそんなもの無い振りをして、だから好きなことよりも嫌いなものが多い女の子達を、大切に大切に演じてくれたなって。

でも、それもこれも全て今回の物語には必要な要素で、そこからひとり、またひとりと女の子が消えていき、消えた子の記憶は誰にもなく、まるで最初から存在しなかったように振舞われ、“人は認識されないと存在できない”という「実在論」と「反実在論」まで飛躍したお話。そしてすべての根源は主人公の“人の顔が認識できない”という失顔症で。

楽しいゲームの時間は開始20分のみ、あとは転落していく一方の誰も報われないラスト。
お客さんの心に少しでも何か重いものを落とせていたらわたしは嬉しいです。




またひとつ、作品を作れたこと。
わたしの頭の中の世界が立体になったこと。
その物語がたくさんの人の中で一瞬でも存在したこと。

そして今回はなにより、初日が明ける前から全公演完売という嬉しい悲鳴の中、連日満員満席の中、全8回公演を行うことができたこと。


本当にわたしは幸せ者だと思います。




そして。
あまり普段はこのブログで個人的なことは書かないのですが、少しだけ書かせてください。
今回、主演を務めた松村芽久未ちゃん。
初舞台、初主演でした。
松村さん主演でいきたいとプロデューサーから話をもらった時、わたし自身もこれは挑戦だと思い、もちろん「絶対に大丈夫。やる。」と二つ返事で快諾。(THE根拠のない自信)

3月のわたしの演出舞台を観に来てくれた際に初めて会った彼女の印象は、ふんわりしている可愛い女の子でした。だから、何も分からない、全員初めまして、初めて参加する企画、そういう彼女の現状を描写したところから脚本を書き始めた気がします。
もちろん不安がなかったと言えば嘘になるし、たぶんわたしなんかより比べ物にならないくらいの不安を彼女は抱えていたと思うけれど。

でも稽古が始まってからの彼女はとても強かったと思います。右も左も分からない現場、でも誰よりも出番も台詞も重圧もある主演という立場。(そして後半になるにつれてツラい展開ばかりの脚本。笑)

それを逆手に取ったのかと思うくらい、もう稽古場の空気を丸ごと吸収していました。毎日。
誰の目にも明らかな、毎日“昨日”より成長する彼女の姿を見て(もちろん皆の目に見えないところで相当の努力をしていたのだと思うけれど)、キャストはもちろんスタッフまでもが彼女のエネルギーに引っ張られていたと思います。もうどこまで行ってしまうのかと戦々恐々とするくらい…!


そしてそれをしっかりと支えてくれたスタッフの方々、
なにより、公私共に仲良くなり、たくさん話してたくさんの時間を過ごして、でもちゃんと気付いたこと、思ったことを遠慮せずに言い合ったキャストのみんな。
みんなの相乗効果が本当に良いバランスで取れていたのだと思います。今回の現場は特に。
なんかわたし一人いつもヘラヘラしててごめんって感じ。(ぇ




女の子だけの舞台はまた作りたいなぁと思う。
怖いけど、未知数だけど、だから面白いし、同性だから分かることがたくさんある女の子だから。
複雑で多面的なわたしの大好きな女の子。
またみんなに会えますように。






改めまして、
今回このお話をくれた、鈴木エグゼクティブプロデューサー、そして夏樹プロデューサー。
わたしのわがままをたくさん聞いてくれたスタッフの方々。
最後まで信じてついてきてくれた可愛い可愛いキャストのみんな。

そして、応援してくれた皆様、劇場に足を運んでくださったお客様。

「Let’s play a GAME」に関わってくださったすべての皆様に
ありがとうございました。


また会う日まで。




| - | 20:36 | - | - |
you don't wanna wake up,do you

時々必要で大好きなこの場所を二ヶ月以上も放置していた。

決して忘れていたわけでも面倒だったわけでもなく、ただただ少しだけ生き急ぎ気味な今をこうして書き出すのが怖かったのかもしれない、と。

そしていつまで経っても人生には慣れないなぁと思う。

たぶんもう知っている状況とか感情にも未だに初対面かのように対応してしまうし、一度言葉にまとめた結論も、言葉にして納得したはずの展開も、悲しいほどに信用ならない。最近。なんだこれ。
でもわたしの人生は所詮ぬるま湯であることには変わりないので、ぬるま湯と鋼のメンタルであぁやっぱり人生イージーモードだなってひどく低俗な総合評価を下すのです。これ重要。




只今、今年2作目の脚本・演出舞台のお稽古中。なんならお稽古終盤。
ということで、ここを放置していた二ヶ月半近くはそちらを書いていたわけでして、文章を少なからず書いていたわけでして、まぁだから色々平気だったわけですよ(なにが


またいつものように作品については全てが終わってから触れますね。
今回もまた思い入れの強い作品になる気がしてならないです。
ひとつ言えることは、今までで一番“普通”に近い作品だと思う、ということ。
そして“普通”を書くのが実は一番難しいようで、今までで一番筆が進まなかったということ。

とかなんとか、“普通”の概念は無いのだと思い込んでるくせに自身はあくまでも“普通”だと思っているフシがあって、だから“普通”じゃないと言われる事柄にひどく憧れを抱いてみるけれどそこに行き着くと“普通”以外の何物でもなくなってるんだ、もうすでに。



期限というのは基本的に存在したほうがいいと思う。
大切にできるものは限られているということも、ひとまずの終わりを前にやっと知るのです。


| - | 01:20 | - | - |